スティーリー・ダンとロックバンドの終焉
スティーリー・ダンとロックバンドの終焉
ロイヤル・スキャム 幻想の摩天楼
歌謡番組で演歌グループが歌っている。バックでワワワワーとコーラスを入れる数人のメンバー、“この人達、なんで必要なのかな”と感じたことはないだろうか。TVでは確かに手持無沙汰に見えるが、彼等は巡業でナイトクラブ等を回る時、楽器を持って伴奏するのである。ではなぜTVでは楽器を持たないのか。それはもっと演奏力のあるビッグ・バンドがつくからに他ならない。この問題が今回のテーマの本質である。
‘60年代、クラブ演奏が主で、ロックがまだ若者のカルチャーに過ぎなかった頃、演奏力はたいした問題ではなかった。それよりもむしろグループとしてのメッセージ、ファッション等の統一性が必要とされた為、バンドという形態がベストであった。ところが’70年代に入り、ロックがポピュラーになったことが皮肉にも、バンドの存在意義を脅かすことになるのだ。仲間同士というだけでは、万人が求める演奏レベルには及ばないからである。ビートルズにおけるビリー・プレストン、ストーンズにおけるニッキー・ホプキンスのような準レギュラーの存在が必要になったのである。
筆者が高校、大学生だった頃、そのようなロックの転機であったのだが、筆者は全くロックを聴かなくなっていた。ジャズばかり聴いていたのである。
大学生の時につきあっていた女性が、AOR系の音楽が好きで、筆者の車にカセットを持ち込んでいた。バニー・マニロウ、ボビー・コールドウェル、ルパート・ホルムス・・・などである。不快な音楽ではないし、好きにさせておいたが、その中で妙に引っかかるサウンドがあった。それがスティーリー・ダンの“ヘイ・ナインティーン”(ガウチョ収録)だった。リズムを前面に出し間を活かしながらも、抑制して入るオカズ(ギター、キーボード)のセンスが只事でない。思わず“これは、誰?”と訊いたところ“スティーリー・ダンというグループ、結構かっこいいでしょ”“ドゥー・イット・アゲインのグループか?えらく変わったな”“知らない”というやり取りとなった。
スティーリー・ダンというグループ名は小説の登場人物から取ったらしい。だが、筆者は“Steely Dan”と“Steely Don”をかけているような気がしてならない。あるいはsteal もかけているのではと思う。それ程にリーダーのドナルド・フェイゲン(Donald Fagen)は冷徹であり、あらゆる音楽のエッセンス、優秀なミュージシャンの才能を盗む(活用する)のに優れている。筆者はそんなフェイゲンの世界にドップリと嵌ってしまったのだ。
さて、ここでスティーリー・ダンについておさらいしてみよう。カレッジの同級生だったドナルド・フェイゲン、ウォルター・ベッカーを中心に6人のメンバーで結成された。以下、ほぼ10年の活動(再結成は除く)をアルバムで紹介したい。
1. Can’t Buy A Thrill(キャント・バイ・ア・スリル、1972)
6人組の普通のロックバンドとしてスタートしたが、既にフェイゲンの変な世界は感じられる。Do It Again が大ヒット。
2.Countdown To Ecstasy(エクスタシー、1973)
“Bodhisattva(菩薩)”という名曲で始まる。ロックン・ロールという音楽をここまで昇化できるのか、と感嘆する演奏である。
3.Pretzel Logic(さわやか革命、1974)
当時の邦題はいただけなかったが、ロックという範疇で同グループを見た場合、最高傑作だろう。ジェフ“スカンク”バクスターのロックギターの乗りがいい。“リキの電話番号”がヒット。しかし、可哀想なあだ名だ。
4.Katy Lied(うそつきケティ、1975)
グループという概念から、離れつつあった過度期の作品。ハービー・ハンコックが収録曲を取り上げるなど、ジャズメンにも注目され始めた。
5.The Royal Scam(幻想の摩天楼、1976)
後述
6.Aja(彩、1977)
あまりに有名な彼等の代表作。ここからメンバーはフェイゲンとベッカーの2人だけになってしまう。タイトル曲中のウェイン・ショーター、スティーブ・ガットのソロが光る。もはやロックではない。
7.Gaucho(ガウチョ、1980)
少し懲りすぎた前作から、若干シンプルな方向に戻した。しかしながら、冒頭述べた様にセンスが抜群である。
ここまでが、スティーリー・ダン名義であるが、連続性ということでもう一作。
8.Nightfly(ナイトフライ、1982) ドナルド・フェイゲン
そして誰もいなくなりフェイゲン一人、ソロ・デビュー作である。ジャズ・R&B、ロックあらゆるジャンルをミックスし、例によって最高のメンバーがサポート。それでいながらフェイゲン独特の世界がしっかり保たれている。駄曲が1曲もない奇跡的ポピュラー・アルバム。
どのアルバムも秀作であり、全部聴いていただきたいが、今回は5作目の“Royal Scam”にスポットを当てたい。解説をもって当アルバム紹介理由とさせていただく。
曲目
1.Kid Charlemagne 2.The Caves Of Altamira 3.Don’t Take Me Alive 4.Sign In Stranger 5.The Fez 6.Green Earrings 7.Haitian Divorce 8.Everything You Did 9.The Royal Scam
メンバー
リードボーカル ドナルド・フェイゲン
キーボード ドナルド・フェイゲン、ビクター・フェルドマン、ポール・グリフィン、ドン・グローニック
ギター ウォルター・ベッカー、ラリー・カールトン、デニー・ダイアス、ディアン・パークス、エリオット・ランドール
ベース ウォルター・ベッカー、チャック・レイニー
ドラム リック・マロッタ、バーナード・パーディー
パーカッション ゲイリー・コールマン、ビクター・フェルドマン
ホーン チャック・フィンドレイ、ボブ・フィンドレイ、スライド・ハイド、ジム・ホーン、プラス・ジョンソン、
ジョン・クレマー
バックボーカル ドナルド・フェイゲン、ベネッタ・フィールズ、クライディ・キング、シェリー・マシューズ、
マイケル・マクドナルド、ティム・シュミット
凄い名前が並んでいる。ラリー・カールトン、ビクター・フェルドマン、チャック・レイニー・・・バック・ボーカルにマイケル・マクドナルドまで参加している。彼は一時、スティーリー・ダンのメンバーだったこともある。以下このアルバムの特徴を列挙したい。
1. ラリー・カールトンの代表作である
クルセイダーズを紹介した時にも書いたが、ラリー・カールトンという人は、リーダーよりも脇に回った時の方が輝く。当アルバムは作品ごとのクレジットはないので、誰がリード・ギターを弾いているか定かではないが、カールトン節は一発でわかる。その中で筆者が特に好きなバージョンを紹介したい。
1曲目、ここでのカールトンのギター・ソロが素軽い。ロックギターは痺れるフレーズ、歪み、泣き等が売りだが、歌うという感覚に乏しい面がある。ここでのカールトンの歌いっぷりを堪能して欲しい。
3曲目、このイントロだけで当アルバムを買う価値あり。カールトンのギターは泣きを通り越し官能の世界に我々を引きずり込む。
5曲目、フェイゲン特有の不思議なサウンドにギターが絡む。カールトンのソロ最後のダメ押しフレーズ、小便チビリそうになってしまうスケベさが自慢。
2. ドナルド・フェイゲンらしい作品である
フェイゲンの独特かつ奇妙なサウンドは音楽的にはどういうものなのだろうか。専門家でない筆者でも明確にわかることは転調の多さである。クールに計算されたテンションが、緊張感を生み、都会的洒脱さと発展する。有名な“リキの電話番号”はサビで転調し、曲を際立たせている。だが、このパターンはフェイゲンの中ではむしろ少数派である。むしろ、いきなり緊張感溢れるコードで始まり、サビのコーラスで通常コードに戻し落ち着かせる。逆転調とでも言えるこのタイプの方が多い。当アルバムもこの手の曲が多い。慌しい都会の生活に追われ、アタフタと動き回る。限界まで切羽詰った時、美しいコーラスで自分を取り戻す。そんな流れが都会的に感じられるのだ。
3. ここまでがロックと呼べる
一人欠け、二人欠けのスティーリー・ダンも当アルバムではまだ3人であった。中心二人以外にデニー・ダイアスがまだ残っていたのだ。それとは直接関係ないとは思うが、当アルバムまではユニットとしての音楽、ヘビーなサウンドというものが、まだフェイゲンの意識の中にあったと思う。
筆者所有CDのライナー・ノートには、“ロックが多様化し、ジャズ、R&B、ソウルなどとクロスオーバーしていく中で、スティーリー・ダンは時代の最先端を走っている”的なことが書かれている。しかしながら、筆者は違う考えを持っている。そもそもフェイゲンとベッカーは作曲ユニットから出発している。最初からジャズ、フュージョン型の音楽をやりたかったのではないか。時代がロック一辺倒だったため、ロックで売り出したが、ロックが無残なパンク、ヘビメタ等に退化する時代にあたり、本来の自分の居場所に帰っていったのではないか。フェイゲンのロックに対するこだわりを最後に見せたのが、当アルバムと言えるだろう。そして、やはりスティーリー・ダンのロックは素晴らしいのだ。
さて、スティーリー・ダンは1993年に再結成した。(といっても例によって、フェイゲンとベッカーの二人だけだが)スティーリー・ダンの音楽はドナルド・フェイゲンが緻密に音を積み重ね、1年以上かけて人工的に作るものである。音楽は自然発生的なものを好む筆者だが、フェイゲンほど徹底されると脱帽するしかなく、魔術に嵌ってしまった。当然、この音楽手法は賛否両論あり、否定論者が決まって発するセリフが“マニアック過ぎてライブはできないだろう”という揶揄である。
再結成した二人の答えが“Alive In America”である。さすがにフェイゲンの声こそ衰えたが、他は完璧、複雑な音楽を見事にライブ演奏している。あわせて是非聴いてほしい。
“この俺がライブもできない様なショッパいメンバーを集めるかよ”
ドナルド・フェイゲンがSteely に笑っている。まるでナイトフライのジャケットの様に。
ロイヤル・スキャム 幻想の摩天楼
歌謡番組で演歌グループが歌っている。バックでワワワワーとコーラスを入れる数人のメンバー、“この人達、なんで必要なのかな”と感じたことはないだろうか。TVでは確かに手持無沙汰に見えるが、彼等は巡業でナイトクラブ等を回る時、楽器を持って伴奏するのである。ではなぜTVでは楽器を持たないのか。それはもっと演奏力のあるビッグ・バンドがつくからに他ならない。この問題が今回のテーマの本質である。
‘60年代、クラブ演奏が主で、ロックがまだ若者のカルチャーに過ぎなかった頃、演奏力はたいした問題ではなかった。それよりもむしろグループとしてのメッセージ、ファッション等の統一性が必要とされた為、バンドという形態がベストであった。ところが’70年代に入り、ロックがポピュラーになったことが皮肉にも、バンドの存在意義を脅かすことになるのだ。仲間同士というだけでは、万人が求める演奏レベルには及ばないからである。ビートルズにおけるビリー・プレストン、ストーンズにおけるニッキー・ホプキンスのような準レギュラーの存在が必要になったのである。
筆者が高校、大学生だった頃、そのようなロックの転機であったのだが、筆者は全くロックを聴かなくなっていた。ジャズばかり聴いていたのである。
大学生の時につきあっていた女性が、AOR系の音楽が好きで、筆者の車にカセットを持ち込んでいた。バニー・マニロウ、ボビー・コールドウェル、ルパート・ホルムス・・・などである。不快な音楽ではないし、好きにさせておいたが、その中で妙に引っかかるサウンドがあった。それがスティーリー・ダンの“ヘイ・ナインティーン”(ガウチョ収録)だった。リズムを前面に出し間を活かしながらも、抑制して入るオカズ(ギター、キーボード)のセンスが只事でない。思わず“これは、誰?”と訊いたところ“スティーリー・ダンというグループ、結構かっこいいでしょ”“ドゥー・イット・アゲインのグループか?えらく変わったな”“知らない”というやり取りとなった。
スティーリー・ダンというグループ名は小説の登場人物から取ったらしい。だが、筆者は“Steely Dan”と“Steely Don”をかけているような気がしてならない。あるいはsteal もかけているのではと思う。それ程にリーダーのドナルド・フェイゲン(Donald Fagen)は冷徹であり、あらゆる音楽のエッセンス、優秀なミュージシャンの才能を盗む(活用する)のに優れている。筆者はそんなフェイゲンの世界にドップリと嵌ってしまったのだ。
さて、ここでスティーリー・ダンについておさらいしてみよう。カレッジの同級生だったドナルド・フェイゲン、ウォルター・ベッカーを中心に6人のメンバーで結成された。以下、ほぼ10年の活動(再結成は除く)をアルバムで紹介したい。
1. Can’t Buy A Thrill(キャント・バイ・ア・スリル、1972)
6人組の普通のロックバンドとしてスタートしたが、既にフェイゲンの変な世界は感じられる。Do It Again が大ヒット。
2.Countdown To Ecstasy(エクスタシー、1973)
“Bodhisattva(菩薩)”という名曲で始まる。ロックン・ロールという音楽をここまで昇化できるのか、と感嘆する演奏である。
3.Pretzel Logic(さわやか革命、1974)
当時の邦題はいただけなかったが、ロックという範疇で同グループを見た場合、最高傑作だろう。ジェフ“スカンク”バクスターのロックギターの乗りがいい。“リキの電話番号”がヒット。しかし、可哀想なあだ名だ。
4.Katy Lied(うそつきケティ、1975)
グループという概念から、離れつつあった過度期の作品。ハービー・ハンコックが収録曲を取り上げるなど、ジャズメンにも注目され始めた。
5.The Royal Scam(幻想の摩天楼、1976)
後述
6.Aja(彩、1977)
あまりに有名な彼等の代表作。ここからメンバーはフェイゲンとベッカーの2人だけになってしまう。タイトル曲中のウェイン・ショーター、スティーブ・ガットのソロが光る。もはやロックではない。
7.Gaucho(ガウチョ、1980)
少し懲りすぎた前作から、若干シンプルな方向に戻した。しかしながら、冒頭述べた様にセンスが抜群である。
ここまでが、スティーリー・ダン名義であるが、連続性ということでもう一作。
8.Nightfly(ナイトフライ、1982) ドナルド・フェイゲン
そして誰もいなくなりフェイゲン一人、ソロ・デビュー作である。ジャズ・R&B、ロックあらゆるジャンルをミックスし、例によって最高のメンバーがサポート。それでいながらフェイゲン独特の世界がしっかり保たれている。駄曲が1曲もない奇跡的ポピュラー・アルバム。
どのアルバムも秀作であり、全部聴いていただきたいが、今回は5作目の“Royal Scam”にスポットを当てたい。解説をもって当アルバム紹介理由とさせていただく。
曲目
1.Kid Charlemagne 2.The Caves Of Altamira 3.Don’t Take Me Alive 4.Sign In Stranger 5.The Fez 6.Green Earrings 7.Haitian Divorce 8.Everything You Did 9.The Royal Scam
メンバー
リードボーカル ドナルド・フェイゲン
キーボード ドナルド・フェイゲン、ビクター・フェルドマン、ポール・グリフィン、ドン・グローニック
ギター ウォルター・ベッカー、ラリー・カールトン、デニー・ダイアス、ディアン・パークス、エリオット・ランドール
ベース ウォルター・ベッカー、チャック・レイニー
ドラム リック・マロッタ、バーナード・パーディー
パーカッション ゲイリー・コールマン、ビクター・フェルドマン
ホーン チャック・フィンドレイ、ボブ・フィンドレイ、スライド・ハイド、ジム・ホーン、プラス・ジョンソン、
ジョン・クレマー
バックボーカル ドナルド・フェイゲン、ベネッタ・フィールズ、クライディ・キング、シェリー・マシューズ、
マイケル・マクドナルド、ティム・シュミット
凄い名前が並んでいる。ラリー・カールトン、ビクター・フェルドマン、チャック・レイニー・・・バック・ボーカルにマイケル・マクドナルドまで参加している。彼は一時、スティーリー・ダンのメンバーだったこともある。以下このアルバムの特徴を列挙したい。
1. ラリー・カールトンの代表作である
クルセイダーズを紹介した時にも書いたが、ラリー・カールトンという人は、リーダーよりも脇に回った時の方が輝く。当アルバムは作品ごとのクレジットはないので、誰がリード・ギターを弾いているか定かではないが、カールトン節は一発でわかる。その中で筆者が特に好きなバージョンを紹介したい。
1曲目、ここでのカールトンのギター・ソロが素軽い。ロックギターは痺れるフレーズ、歪み、泣き等が売りだが、歌うという感覚に乏しい面がある。ここでのカールトンの歌いっぷりを堪能して欲しい。
3曲目、このイントロだけで当アルバムを買う価値あり。カールトンのギターは泣きを通り越し官能の世界に我々を引きずり込む。
5曲目、フェイゲン特有の不思議なサウンドにギターが絡む。カールトンのソロ最後のダメ押しフレーズ、小便チビリそうになってしまうスケベさが自慢。
2. ドナルド・フェイゲンらしい作品である
フェイゲンの独特かつ奇妙なサウンドは音楽的にはどういうものなのだろうか。専門家でない筆者でも明確にわかることは転調の多さである。クールに計算されたテンションが、緊張感を生み、都会的洒脱さと発展する。有名な“リキの電話番号”はサビで転調し、曲を際立たせている。だが、このパターンはフェイゲンの中ではむしろ少数派である。むしろ、いきなり緊張感溢れるコードで始まり、サビのコーラスで通常コードに戻し落ち着かせる。逆転調とでも言えるこのタイプの方が多い。当アルバムもこの手の曲が多い。慌しい都会の生活に追われ、アタフタと動き回る。限界まで切羽詰った時、美しいコーラスで自分を取り戻す。そんな流れが都会的に感じられるのだ。
3. ここまでがロックと呼べる
一人欠け、二人欠けのスティーリー・ダンも当アルバムではまだ3人であった。中心二人以外にデニー・ダイアスがまだ残っていたのだ。それとは直接関係ないとは思うが、当アルバムまではユニットとしての音楽、ヘビーなサウンドというものが、まだフェイゲンの意識の中にあったと思う。
筆者所有CDのライナー・ノートには、“ロックが多様化し、ジャズ、R&B、ソウルなどとクロスオーバーしていく中で、スティーリー・ダンは時代の最先端を走っている”的なことが書かれている。しかしながら、筆者は違う考えを持っている。そもそもフェイゲンとベッカーは作曲ユニットから出発している。最初からジャズ、フュージョン型の音楽をやりたかったのではないか。時代がロック一辺倒だったため、ロックで売り出したが、ロックが無残なパンク、ヘビメタ等に退化する時代にあたり、本来の自分の居場所に帰っていったのではないか。フェイゲンのロックに対するこだわりを最後に見せたのが、当アルバムと言えるだろう。そして、やはりスティーリー・ダンのロックは素晴らしいのだ。
さて、スティーリー・ダンは1993年に再結成した。(といっても例によって、フェイゲンとベッカーの二人だけだが)スティーリー・ダンの音楽はドナルド・フェイゲンが緻密に音を積み重ね、1年以上かけて人工的に作るものである。音楽は自然発生的なものを好む筆者だが、フェイゲンほど徹底されると脱帽するしかなく、魔術に嵌ってしまった。当然、この音楽手法は賛否両論あり、否定論者が決まって発するセリフが“マニアック過ぎてライブはできないだろう”という揶揄である。
再結成した二人の答えが“Alive In America”である。さすがにフェイゲンの声こそ衰えたが、他は完璧、複雑な音楽を見事にライブ演奏している。あわせて是非聴いてほしい。
“この俺がライブもできない様なショッパいメンバーを集めるかよ”
ドナルド・フェイゲンがSteely に笑っている。まるでナイトフライのジャケットの様に。
スタン・ゲッツ&ケニー・バロン ピープル・タイム
スタン・ゲッツ&ケニー・バロン ピープル・タイム
〜ゲッツ感動のラスト・ソング
1991年9月28日、ジャズの帝王マイルス・デイビスが死んだ。日本でも大きく報道され、筆者も“ひとつの時代が終わった、そしておそらくジャズも”と衝撃を受けたものである。
同年6月6日、白人テナーのトップ・プレイヤー、スタン・ゲッツが亡くなっている。こちらは通常のジャズメンの死と同様、地味な報道だったと記憶している。
二人は生年も1926年、1927年と近く、ほぼ同時代にジャズ界に身を置いていた。世間的評価、ジャズ界における地位はさておいて、二人のミュージシャンとしての収入はどうだったであろうか。マイルスが圧倒的と思われるだろうが、筆者は意外といい勝負だったのでは、と下世話な勘ぐりをしている。これには二つの理由がある。
ひとつ目は、人種差別の問題。マイルスの自伝にも度々出てくる。“白人の奴等は俺たちがやっていることを、あたかも自分の手柄の様に真似して商売していやがる”マイルスの僻みではない。自由と平等を標榜するアメリカという国の実態は、救いの無いアパルトヘイト国家である。白人が経済を握り、白人社会に受け入れられなくては、商業的成功はない。黒人発のものは拒絶されるので、白人が猿真似したものでなければ売れない。古くはデキシー・ランド(ニュー・オリンズ・ジャズ)から、新しいところではロックンロール(R&B)まで、全てその方程式が当てはまる。他ジャンルでも、以前当ブログで触れたタップ・ダンスなどが典型だ。ゲッツの音楽は単なるパクリではない。しかし、構造がそうなっている以上、モダン・ジャズ全盛期にマイルスより稼ぎが良かったことは、容易に想像できる。
ふたつ目は、ゲッツの抜け目無さだ。ボサ・ノバが注目され始めた頃、いち早くそのブームに乗り大成功を収めた。また、注目の新人チック・コリアの売り出しを、いささか落ち目の自己再アピールに利用など、なかなか商魂逞しいところがある。
当アルバム、ピープル・タイムはそんなゲッツの死の3ヶ月前のライブ録音である。
スタン・ゲッツ(ts) ケニー・バロン(p)
Disk 1 1.east of sun 2.night and day 3.I’m okay 4.like someone in love
5.stablemates 6.I remember Clifford
Disk 2 1.first song 2.no greater love 3.the surrey with the fringe on top
4.people time 5.softly, as in a morning sunrise 6.hush-a-bye 7.soul eyes
1991年3月3,4,5日 コペンハーゲン カフェ・モンマルトルにて録音
ゲッツが所謂スタンダード・ナンバーを上手いのは当然だ。当ライブでも安定した演奏を聴かせてくれる。筆者が注目したのは、それ以外の曲である。
Disk 1
3.アイム・オーケイ・・耳慣れない曲だが、ゲッツのトーンが多彩である。死の間際で体調も万全でなかったようだ。そのブレスの弱さを逆手にとった音の強弱、音色に味わいがある。スカスカバリバリ一辺倒だった全盛期より筆者は好きだ。
6.アイ・リメンバー・クリフォード・・死の間際にこの曲を演奏するとは、何か予感があったのか。若くして逝ってしまった天才と長く活躍できた自分との対比。最もジャズに活気があったブラウニーの時代を懐かしむ心情。良い演奏である。
Disk 2
6.ハッシャ・バイ・・英語版子守唄だけにマザー・グース版等、同名曲はいろいろあるようだが、これはミュージカル、ジャズシンガーの曲。ケニー・バロンとのインター・プレイが素晴らしい。ケニーは当ライブで実にいい仕事をしている。万全ではないゲッツに合わせ、時には控えめに、時には雄弁に、見事なサポート振りである。
7.ソウル・アイズ・・マル・ウォルドロン作の佳曲。コルトレーン、マッコイのコンビとはまた違った深みがある演奏である。
ゲッツが“ヘイ、ジャズってヤツはこんな感じでいいんだろ、違うかい”と吹き、“ゲッツさんの仰るとおり”とケニーが引き締める。シンプルながら実に豊かな演奏である。
曲順前後で恐縮だが、最後にDisk2-1ファースト・ソングを聴いて欲しい。チャーリー・ヘイデン作の曲をゲッツが歌う。失礼ながら“本当にこれがゲッツか”と腰を抜かすほど、素晴らしい演奏である。例えは悪いが、あのジャッキー・マクリーンの名演レフト・アローンから、ある種の安っぽさを抜いたような演奏とでも言おうか。長い経験に裏打ちされた多彩な表現力と、それに相反して全く感じられない外連味。ビンテージ・ワインの芳醇と、純米大吟醸の潔さがものの見事に同居しているのだ。ゲッツは死の直前にとんでもない境地に達していた。
自他ともに認めるトップ・テナーマン。
商売っ気がやや鼻につくジャズマン。
ファースト・ソングはそんな稀代のミュージシャン、スタン・ゲッツが放ったまさに最後っ屁なのだ。
そして、それは不思議なまでに、臭くなかったのである。
〜ゲッツ感動のラスト・ソング
1991年9月28日、ジャズの帝王マイルス・デイビスが死んだ。日本でも大きく報道され、筆者も“ひとつの時代が終わった、そしておそらくジャズも”と衝撃を受けたものである。
同年6月6日、白人テナーのトップ・プレイヤー、スタン・ゲッツが亡くなっている。こちらは通常のジャズメンの死と同様、地味な報道だったと記憶している。
二人は生年も1926年、1927年と近く、ほぼ同時代にジャズ界に身を置いていた。世間的評価、ジャズ界における地位はさておいて、二人のミュージシャンとしての収入はどうだったであろうか。マイルスが圧倒的と思われるだろうが、筆者は意外といい勝負だったのでは、と下世話な勘ぐりをしている。これには二つの理由がある。
ひとつ目は、人種差別の問題。マイルスの自伝にも度々出てくる。“白人の奴等は俺たちがやっていることを、あたかも自分の手柄の様に真似して商売していやがる”マイルスの僻みではない。自由と平等を標榜するアメリカという国の実態は、救いの無いアパルトヘイト国家である。白人が経済を握り、白人社会に受け入れられなくては、商業的成功はない。黒人発のものは拒絶されるので、白人が猿真似したものでなければ売れない。古くはデキシー・ランド(ニュー・オリンズ・ジャズ)から、新しいところではロックンロール(R&B)まで、全てその方程式が当てはまる。他ジャンルでも、以前当ブログで触れたタップ・ダンスなどが典型だ。ゲッツの音楽は単なるパクリではない。しかし、構造がそうなっている以上、モダン・ジャズ全盛期にマイルスより稼ぎが良かったことは、容易に想像できる。
ふたつ目は、ゲッツの抜け目無さだ。ボサ・ノバが注目され始めた頃、いち早くそのブームに乗り大成功を収めた。また、注目の新人チック・コリアの売り出しを、いささか落ち目の自己再アピールに利用など、なかなか商魂逞しいところがある。
当アルバム、ピープル・タイムはそんなゲッツの死の3ヶ月前のライブ録音である。
スタン・ゲッツ(ts) ケニー・バロン(p)
Disk 1 1.east of sun 2.night and day 3.I’m okay 4.like someone in love
5.stablemates 6.I remember Clifford
Disk 2 1.first song 2.no greater love 3.the surrey with the fringe on top
4.people time 5.softly, as in a morning sunrise 6.hush-a-bye 7.soul eyes
1991年3月3,4,5日 コペンハーゲン カフェ・モンマルトルにて録音
ゲッツが所謂スタンダード・ナンバーを上手いのは当然だ。当ライブでも安定した演奏を聴かせてくれる。筆者が注目したのは、それ以外の曲である。
Disk 1
3.アイム・オーケイ・・耳慣れない曲だが、ゲッツのトーンが多彩である。死の間際で体調も万全でなかったようだ。そのブレスの弱さを逆手にとった音の強弱、音色に味わいがある。スカスカバリバリ一辺倒だった全盛期より筆者は好きだ。
6.アイ・リメンバー・クリフォード・・死の間際にこの曲を演奏するとは、何か予感があったのか。若くして逝ってしまった天才と長く活躍できた自分との対比。最もジャズに活気があったブラウニーの時代を懐かしむ心情。良い演奏である。
Disk 2
6.ハッシャ・バイ・・英語版子守唄だけにマザー・グース版等、同名曲はいろいろあるようだが、これはミュージカル、ジャズシンガーの曲。ケニー・バロンとのインター・プレイが素晴らしい。ケニーは当ライブで実にいい仕事をしている。万全ではないゲッツに合わせ、時には控えめに、時には雄弁に、見事なサポート振りである。
7.ソウル・アイズ・・マル・ウォルドロン作の佳曲。コルトレーン、マッコイのコンビとはまた違った深みがある演奏である。
ゲッツが“ヘイ、ジャズってヤツはこんな感じでいいんだろ、違うかい”と吹き、“ゲッツさんの仰るとおり”とケニーが引き締める。シンプルながら実に豊かな演奏である。
曲順前後で恐縮だが、最後にDisk2-1ファースト・ソングを聴いて欲しい。チャーリー・ヘイデン作の曲をゲッツが歌う。失礼ながら“本当にこれがゲッツか”と腰を抜かすほど、素晴らしい演奏である。例えは悪いが、あのジャッキー・マクリーンの名演レフト・アローンから、ある種の安っぽさを抜いたような演奏とでも言おうか。長い経験に裏打ちされた多彩な表現力と、それに相反して全く感じられない外連味。ビンテージ・ワインの芳醇と、純米大吟醸の潔さがものの見事に同居しているのだ。ゲッツは死の直前にとんでもない境地に達していた。
自他ともに認めるトップ・テナーマン。
商売っ気がやや鼻につくジャズマン。
ファースト・ソングはそんな稀代のミュージシャン、スタン・ゲッツが放ったまさに最後っ屁なのだ。
そして、それは不思議なまでに、臭くなかったのである。
“シチリア!シチリア!”
“シチリア!シチリア!”
監督 - ジュゼッペ・トルナトーレの2009年の作品“シチリア!シチリア!”を観た。原題が”Baaria”とあり、Google地図でシチリアの地図をくまなく探したのだが、見つからない。映画のなかで、連合軍側の爆撃機が到来。地下壕で「どうせ、パレルモを爆撃に来たんだろう。」という台詞から、パレルモの近くだろうとは思っていた。パレルモ近くのバゲーリアをシチリアの方言で“Baaria”という記事を発見して、やっとすっきりした。
あらすじは、トルナトーレ監督の父親が主人公。少年時代の農園での労働・牛飼い・小学校・戦後の共産党での政治活動・恋と結婚・フランスへの出稼ぎ・市会議員という一生を軸として、バゲーリアの庶民の生活・子ども達の成長・家族愛を描いたものである。2時間31分全く退屈しない。自信を持ってお奨めする。
映画の為に作られた音楽を映画音楽という。最近の映画では、シーンにあったものを既存曲から探してきてを挿入することが多い。低コストの為だろう。2011年2月にPaul McCartneyの“This Thing Never Happened Before”を紹介したが、これはキアヌ・リーブス主演の映画“イルマーレ”の挿入曲として使われている。“シチリア!シチリア!“では、エンリコ・ルチディが音楽を担当。ストリーを盛り立てる曲作りとなっている。これぞ映画音楽!
さて、久しぶりのブログのアップである。無理をせずにやりたいことをやる性分。最近はカラオケ喫茶に通っていた。老人軍団恐るべしで、演歌を中心に舌を巻くほど上手である。もう一つ、読書に勤しんでいる。イタリアの歴史物を読んでいる。シチリアに関連した話題を少し書いてみたい。
シチリアが最初に世界史に登場するのは、紀元前8〜6世紀のギリシャ人植民活動である。シラクサ・メッシーナ等の植民都市が作られた。ペロポネソス戦争でほんの少し登場した後は、主役はローマ人に譲ることになる。メッシーナ人がローマ人に助けを求めた。シラクサのから攻められていたので、ローマに頼りシラクサへの対抗を考えたからだ。シラクサは永年の敵であるカルタゴと組み、ここに第1次ポエニ戦争が始まる。これに勝ったローマはシチリア全体を占領。稀代の名将ハンニバルにより起こされた第2次ポエニ戦争の後はローマの属州となる。この戦争のときにアルキメデスはローマ兵に殺された。ローマの将軍は「ローマの剣」と呼ばれたマルクス・クラウディウス・マルケルスで、高名なアルキメデスを殺すなとローマ兵に命令していたが、彼の死をきいて激怒したという。アルキメデスがローマ兵に「私の円を踏むな。」と言って、只の老人だと思ったローマ兵に殺されたという逸話があるが、真実はわからない。シチリアの安価で大量の小麦がローマに入るようになり、イタリアの農民達は小麦の生産を止め、付加価値の高い葡萄とオリーブに特化するようになったといわれる。カエサルはシチリア人にラテン市民権を与える約束をしたが、アウグストゥスはこれを反故にした。もっぱらこのローマの穀倉のであるシチリアの農業生産性の向上と内陸部と港までの輸送の為の街道の整備に熱意を注いだ。
上記のように、ローマ帝国は食料の安全保障について熱心であった。以前より政界の重鎮(執行官経験者)を食料担当官にしていたし、アウグストゥスは不作のときは自ら食料の買い付けを指示するほどに熱心であった。
ここまで来て最後にローマ帝国から現代の日本に話題が飛ぶ。農政の問題はイコール食料安全保障と考えるべきである。食料安全保障は広義の安全保障の一部である。変な言い回しになるかもしれないが、日本という国が何で飯を食っているのかを考えないといけない。1次産業、2次産業、3次産業という分類はすでに古いかも知れない、であれば農水産業・製造業・金融業・流通業・サービス業(医療や教育もふくめて)そして公共サービス全体の観点で安全保障を考えるべきだ。その意味で、FTA(自由貿易協定)を進めるべきだし、これと対になる農政も考えるべきなのだ。(このブログを読む人たちは、とても限られていると確信しているので、書きたいことをかいた。)
“シチリア!シチリア!”のDVDの他に丁度今筆者が聴いているCDもあわせて紹介する。
監督 - ジュゼッペ・トルナトーレの2009年の作品“シチリア!シチリア!”を観た。原題が”Baaria”とあり、Google地図でシチリアの地図をくまなく探したのだが、見つからない。映画のなかで、連合軍側の爆撃機が到来。地下壕で「どうせ、パレルモを爆撃に来たんだろう。」という台詞から、パレルモの近くだろうとは思っていた。パレルモ近くのバゲーリアをシチリアの方言で“Baaria”という記事を発見して、やっとすっきりした。
あらすじは、トルナトーレ監督の父親が主人公。少年時代の農園での労働・牛飼い・小学校・戦後の共産党での政治活動・恋と結婚・フランスへの出稼ぎ・市会議員という一生を軸として、バゲーリアの庶民の生活・子ども達の成長・家族愛を描いたものである。2時間31分全く退屈しない。自信を持ってお奨めする。
映画の為に作られた音楽を映画音楽という。最近の映画では、シーンにあったものを既存曲から探してきてを挿入することが多い。低コストの為だろう。2011年2月にPaul McCartneyの“This Thing Never Happened Before”を紹介したが、これはキアヌ・リーブス主演の映画“イルマーレ”の挿入曲として使われている。“シチリア!シチリア!“では、エンリコ・ルチディが音楽を担当。ストリーを盛り立てる曲作りとなっている。これぞ映画音楽!
さて、久しぶりのブログのアップである。無理をせずにやりたいことをやる性分。最近はカラオケ喫茶に通っていた。老人軍団恐るべしで、演歌を中心に舌を巻くほど上手である。もう一つ、読書に勤しんでいる。イタリアの歴史物を読んでいる。シチリアに関連した話題を少し書いてみたい。
シチリアが最初に世界史に登場するのは、紀元前8〜6世紀のギリシャ人植民活動である。シラクサ・メッシーナ等の植民都市が作られた。ペロポネソス戦争でほんの少し登場した後は、主役はローマ人に譲ることになる。メッシーナ人がローマ人に助けを求めた。シラクサのから攻められていたので、ローマに頼りシラクサへの対抗を考えたからだ。シラクサは永年の敵であるカルタゴと組み、ここに第1次ポエニ戦争が始まる。これに勝ったローマはシチリア全体を占領。稀代の名将ハンニバルにより起こされた第2次ポエニ戦争の後はローマの属州となる。この戦争のときにアルキメデスはローマ兵に殺された。ローマの将軍は「ローマの剣」と呼ばれたマルクス・クラウディウス・マルケルスで、高名なアルキメデスを殺すなとローマ兵に命令していたが、彼の死をきいて激怒したという。アルキメデスがローマ兵に「私の円を踏むな。」と言って、只の老人だと思ったローマ兵に殺されたという逸話があるが、真実はわからない。シチリアの安価で大量の小麦がローマに入るようになり、イタリアの農民達は小麦の生産を止め、付加価値の高い葡萄とオリーブに特化するようになったといわれる。カエサルはシチリア人にラテン市民権を与える約束をしたが、アウグストゥスはこれを反故にした。もっぱらこのローマの穀倉のであるシチリアの農業生産性の向上と内陸部と港までの輸送の為の街道の整備に熱意を注いだ。
上記のように、ローマ帝国は食料の安全保障について熱心であった。以前より政界の重鎮(執行官経験者)を食料担当官にしていたし、アウグストゥスは不作のときは自ら食料の買い付けを指示するほどに熱心であった。
ここまで来て最後にローマ帝国から現代の日本に話題が飛ぶ。農政の問題はイコール食料安全保障と考えるべきである。食料安全保障は広義の安全保障の一部である。変な言い回しになるかもしれないが、日本という国が何で飯を食っているのかを考えないといけない。1次産業、2次産業、3次産業という分類はすでに古いかも知れない、であれば農水産業・製造業・金融業・流通業・サービス業(医療や教育もふくめて)そして公共サービス全体の観点で安全保障を考えるべきだ。その意味で、FTA(自由貿易協定)を進めるべきだし、これと対になる農政も考えるべきなのだ。(このブログを読む人たちは、とても限られていると確信しているので、書きたいことをかいた。)
“シチリア!シチリア!”のDVDの他に丁度今筆者が聴いているCDもあわせて紹介する。
オーネット・コールマン ジャズ、来るべきもの
オーネット・コールマン The Shape Of Jazz To Come
カラオケ文化からのフリー・ジャズ考察
前にも少し触れたが、当ブログには複数の執筆者が存在する。ブログ管理者である主筆は、クラシックを中心に音楽全般を素軽く紹介するのが得意である。今回の筆者はデロデロ文章のジャズ爺の方である。ここのところ筆者ばかり書いているが、主筆はいったい何をやっているのか。実はカラオケ喫茶に嵌ってしまっているのである。彼の幼少時代は実にませた子供であった。小学生の頃から18禁映画を見ていたくらいである。その背伸びがそのまま平行移動し、50代前半にして、平均年齢70歳のカラオケ喫茶に出入りするようになってしまったのである。
彼は音楽への造詣の深さと比例し、実に歌が上手いし、声量もある。レパートリーも当然豊富であり、洋楽を決めれば、場のスターになることは約束されているようなものだ。当然、カラオケ喫茶でもジジババにやんやの喝采を浴びていると想像していたが、それがどうも違うようだ。同喫茶の常連は70歳前後のご婦人が多く、全員、演歌が恐ろしく上手いらしい。彼は得意のスタンダードではイマイチ受けが悪いので、ご機嫌取りのつもりで三橋美智也を歌ったが、ブーイングとなってしまった。常連は皆何曲かの十八番を持っており、カラオケ喫茶で発表するまでには、家で一所懸命練習しているそうだ。彼の軽率な選曲はそんな彼女達の不興を買ってしまったのだ。
もうひとつ、カラオケの話をしたい。筆者がたまに顔を出すスナックにKさんという常連がいる。Kさんは小林旭などをよく歌うが、その歌が物凄い。音痴というか、音符がほとんどないのだ。で、聴くに耐えないかと言われるとそうでもない。音程がほとんどない唸りのような歌の中にも、Kさん独特の節回しがあり、酩酊がそれに拍車をかける。“熱き心に”などは歌詞の捉え方、表現の仕方、どこを取っても原曲とは似ても似つかないハチャメチャさだが、不思議な説得力があるのだ。味わい深い音痴と言えよう。
オーネット・コールマン The Shape Of Jazz To Come(ジャズ、来るべきもの)
オーネット・コールマン(as) ドン・チェリー(コルネット) チャーリー・ヘイデン(b) ビリー・ヒギンス(ds)
1.ロンリー・ウーマン 2.イヴェンチュアリー 3.ピース
4.フォーカス・オン・サニティ 5.コンジニアリティ 6.クロノロジー
1959.5.22 ハリウッドにて録音
こう暑いとキチっとした音楽を聴く気になれない。こういう時はフリー・ジャズだ。フリーなら原点のオーネット、それもフリーの夜明けとも言える同盤を久しぶりに聴こう。一曲目の名曲“寂しい女”を聴く。オーネット独特の調子っぱずれが、特異なテーマにマッチし、それまでのジャズにはない緊張感を醸し出す。コード進行という考え方を捨て、感性のままに演奏する。コード楽器であるベースが必要なのは、外れた旋律を際立たせるためであり、サポートするヘイデンもそれを良く理解している。チェリーは優秀なミュージシャンだけに、オーネットに比べるとこの時期では、まだ恣意的に外しているように感じられる。フォーマットとしてはカッチリとまとまっているので、今聴くと、それ程前衛的とも思えない。何故、この演奏から60年代の破壊、咆哮、喧騒のフリー時代に突入したのか、不思議なくらいである。などとぼんやり思いながら聴いていたら、通りがかった家内が“何、この音痴な演奏”と吐き捨てるように言った。家内は音楽的素養こそ全くないが、耳は確かである。
そうなのである。筆者も最初に同盤を聴いた若い頃は、これは音痴だと明確に感じた記憶がある。長年の慣れで耳が成長、あるいは退化し、この程度ではなんとも感じなくなってしまったのであろう。しかしながら、家内の様にオーネットをバッサリ音痴と決め付けると実に解り易いのも事実である。
オーネットには所謂普通の演奏はない。最初からこのスタイルである。コード進行等通常の音列に慣れている人間にとっては、音痴に聴こえてしまうのがオーネット独自の旋法なのである。後にハーモロディクス理論などを展開するが、後付けで理論化したに過ぎないと思う。オーネットの音楽は理屈ではなく、彼の感性だけで成立しているのだ。
というわけで、前段の話に戻りたい。コード進行に則ったそれまでのジャズを、カラオケ喫茶ご婦人達の完璧な歌とするならば、オーネットの音楽はKさんのカラオケなのである。どちらが良い、悪いではなく、音楽に対する考え方の違いである。前者は練習である程度克服できる汎用性があるが、後者は個人のセンスしか拠所がなく他者はマネできない。
つまり、オーネットの様な独自音感を持っていないミュージシャンが、フリーをやろうとすると、フォーマットを壊すしか方法がないのである。従って、フリー・ジャズは破壊的方向に進むしかなく、60年代に行くところまで行き、アイラーの死とともに終焉してしまった。一方、パイオニアであるオーネットは、別次元でその後も活躍し続けたのである。
さて、ご婦人達とKさん、例えがいささか両極端すぎたようだ。カラオケは本人が楽しく、周りが不快にならなければ十分である。また、マイクを独占することもなく、乞われれば歌ったことがない曲でも、なんとかものしてしまう。筆者は営業が長かったので、その様な歌い手がベストだと思っている。で、その観点から理想的なカラオキストは誰か。
それは当ブログの主筆に他ならない。
カラオケ文化からのフリー・ジャズ考察
前にも少し触れたが、当ブログには複数の執筆者が存在する。ブログ管理者である主筆は、クラシックを中心に音楽全般を素軽く紹介するのが得意である。今回の筆者はデロデロ文章のジャズ爺の方である。ここのところ筆者ばかり書いているが、主筆はいったい何をやっているのか。実はカラオケ喫茶に嵌ってしまっているのである。彼の幼少時代は実にませた子供であった。小学生の頃から18禁映画を見ていたくらいである。その背伸びがそのまま平行移動し、50代前半にして、平均年齢70歳のカラオケ喫茶に出入りするようになってしまったのである。
彼は音楽への造詣の深さと比例し、実に歌が上手いし、声量もある。レパートリーも当然豊富であり、洋楽を決めれば、場のスターになることは約束されているようなものだ。当然、カラオケ喫茶でもジジババにやんやの喝采を浴びていると想像していたが、それがどうも違うようだ。同喫茶の常連は70歳前後のご婦人が多く、全員、演歌が恐ろしく上手いらしい。彼は得意のスタンダードではイマイチ受けが悪いので、ご機嫌取りのつもりで三橋美智也を歌ったが、ブーイングとなってしまった。常連は皆何曲かの十八番を持っており、カラオケ喫茶で発表するまでには、家で一所懸命練習しているそうだ。彼の軽率な選曲はそんな彼女達の不興を買ってしまったのだ。
もうひとつ、カラオケの話をしたい。筆者がたまに顔を出すスナックにKさんという常連がいる。Kさんは小林旭などをよく歌うが、その歌が物凄い。音痴というか、音符がほとんどないのだ。で、聴くに耐えないかと言われるとそうでもない。音程がほとんどない唸りのような歌の中にも、Kさん独特の節回しがあり、酩酊がそれに拍車をかける。“熱き心に”などは歌詞の捉え方、表現の仕方、どこを取っても原曲とは似ても似つかないハチャメチャさだが、不思議な説得力があるのだ。味わい深い音痴と言えよう。
オーネット・コールマン The Shape Of Jazz To Come(ジャズ、来るべきもの)
オーネット・コールマン(as) ドン・チェリー(コルネット) チャーリー・ヘイデン(b) ビリー・ヒギンス(ds)
1.ロンリー・ウーマン 2.イヴェンチュアリー 3.ピース
4.フォーカス・オン・サニティ 5.コンジニアリティ 6.クロノロジー
1959.5.22 ハリウッドにて録音
こう暑いとキチっとした音楽を聴く気になれない。こういう時はフリー・ジャズだ。フリーなら原点のオーネット、それもフリーの夜明けとも言える同盤を久しぶりに聴こう。一曲目の名曲“寂しい女”を聴く。オーネット独特の調子っぱずれが、特異なテーマにマッチし、それまでのジャズにはない緊張感を醸し出す。コード進行という考え方を捨て、感性のままに演奏する。コード楽器であるベースが必要なのは、外れた旋律を際立たせるためであり、サポートするヘイデンもそれを良く理解している。チェリーは優秀なミュージシャンだけに、オーネットに比べるとこの時期では、まだ恣意的に外しているように感じられる。フォーマットとしてはカッチリとまとまっているので、今聴くと、それ程前衛的とも思えない。何故、この演奏から60年代の破壊、咆哮、喧騒のフリー時代に突入したのか、不思議なくらいである。などとぼんやり思いながら聴いていたら、通りがかった家内が“何、この音痴な演奏”と吐き捨てるように言った。家内は音楽的素養こそ全くないが、耳は確かである。
そうなのである。筆者も最初に同盤を聴いた若い頃は、これは音痴だと明確に感じた記憶がある。長年の慣れで耳が成長、あるいは退化し、この程度ではなんとも感じなくなってしまったのであろう。しかしながら、家内の様にオーネットをバッサリ音痴と決め付けると実に解り易いのも事実である。
オーネットには所謂普通の演奏はない。最初からこのスタイルである。コード進行等通常の音列に慣れている人間にとっては、音痴に聴こえてしまうのがオーネット独自の旋法なのである。後にハーモロディクス理論などを展開するが、後付けで理論化したに過ぎないと思う。オーネットの音楽は理屈ではなく、彼の感性だけで成立しているのだ。
というわけで、前段の話に戻りたい。コード進行に則ったそれまでのジャズを、カラオケ喫茶ご婦人達の完璧な歌とするならば、オーネットの音楽はKさんのカラオケなのである。どちらが良い、悪いではなく、音楽に対する考え方の違いである。前者は練習である程度克服できる汎用性があるが、後者は個人のセンスしか拠所がなく他者はマネできない。
つまり、オーネットの様な独自音感を持っていないミュージシャンが、フリーをやろうとすると、フォーマットを壊すしか方法がないのである。従って、フリー・ジャズは破壊的方向に進むしかなく、60年代に行くところまで行き、アイラーの死とともに終焉してしまった。一方、パイオニアであるオーネットは、別次元でその後も活躍し続けたのである。
さて、ご婦人達とKさん、例えがいささか両極端すぎたようだ。カラオケは本人が楽しく、周りが不快にならなければ十分である。また、マイクを独占することもなく、乞われれば歌ったことがない曲でも、なんとかものしてしまう。筆者は営業が長かったので、その様な歌い手がベストだと思っている。で、その観点から理想的なカラオキストは誰か。
それは当ブログの主筆に他ならない。






